ご来訪感謝です。
お墓詣り、ご先祖供養は調べれば調べるほど奥が深いものです。
日本という国の中で、もちろん様々な伝承があるからこそ、〇〇宗などもあるわけですが、
親を想い、先祖を敬うというのはとても大切で、何故そうなのかということを考えさせられますね。
ですが、交通網が豊かになっているということは、遠方に嫁ぐということも昔よりさらに多くなっているものだと想います。
すると、最近のお墓事情でも見るように、お墓の放置とまではいかなくても、中々管理することもままなりません。
例えば、過去帳…これもすでにあるのであれば、なんとかしないといけないわけです。
よく、過去帳と家系図は違うものですよね?と聞かれるんですけど、同じではないけど、似ていますから、扱いは気をつけないといけません。
家系図だともっと大きくなるかなぁ。
中々お墓参りにはいけないけど、お墓はお寺さんにお願いしているし、近くに住む親戚にもお願いしているしという場合は、
ほとんど大丈夫かと想います。
そのご親戚がちゃんとやってればね。(うちですよ、うちっ!!!)
で…兄弟子さんにこの話をして、どう対処するべきなのかをお尋ねしたわけです。(ほっとくわけにもいかんしねぇ)
供養をする際にある一定の流れを汲んで、「供養秘文」と言うのがあってですね。
これを書式に合わせて行う事と、言われたんですわ。
んで…今頃になって、「それかっ!」ってことが次々と決断をした形になりました。(決断し、縁切りが入り用な場合には、良い結果に見えないことが先に出ることがあります。ですが、それがそうであると言うことは、必要なことだと言う事でもあります。嘆くのではなく、先をどうするかを考えること。重要なキーワードです。)
ある意味、私の方には重責とはなりますが、これもある事柄を決断した結果なのかもしれません(もちろん、私が絡んでいても他者であれば、その者の人生の流れですからね。一概には言え得ないけど、しっかり受け止めて、「なんで?」「でも」「だけど」じゃないんですよ。)
今年、様々なことがありました。10大ニュースにはならないけどね。
来年、様々なことが起こり、私は変わって行きます。
今までも変わってきたように変わって行きます。
変わりたい…なら、変わればいいんです。
誰も止めやしません(危険地域に行くって言われたら止めるけどね?)
覚悟とは「自分に負けない」事でもあるんですよ。