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羨ましいとか、憎たらしい・・・・
こんな感情は誰の中にもあるものだと思います。

なんで、どうして?
こういう思いも、誰の中にもあって、素直にそれを感じ取る人と、この感情はいけないものだと、排除しようとする人・・・
こういうのも、人それぞれなんだと思うんですね。

もし、そんな気持ちがない・・・・という人があるなら、それは本当に小さな子供か、年月を重ねてそうではないと言う
良い思考を育てた人なんじゃないかな。

私の中にもこうした気持ちはあって、平均、身体的に疲れてきたときに出て来やすい感じです。
マザーテレサだって、こうした気持ちは持っていて、どうにかすべくもあり、イエスキリストを愛したんだと思うんだよね。
最初は助けて欲しくて、そして、歩き始めて人を助けるところまで来たのじゃないかな。

映画で見ただけで本人から話を聞いたわけではないけど、神が近くに感じられなくて、悩んで迷った時期もあったとか。
信念を貫き通すことは、時に強引で、誰かを守る時は、時に悪役で・・・


誰かを羨むというのは悪いことじゃない。
それを反動にして、自分を育てることができるか、感情に左右されて落ちるかの問題。

なんで?どうして?という疑問符。
無・虚・風・・・・なんで、という文字に対して降りてきている霊義。

どう見ても掴むことならざりな、霊義。
ともすれば、なんで?なんで?と、相手に聞いても反応は出ないし、結果を見るのは難しい言葉なのかもしれない。

そんなことを考える今日。