ご来訪感謝です。

とりあえず、無事です。
何がどうしたかと言えば、私ごとではなく愚弟の医者関係がメインの大騒ぎです。

そして、ヘルパーさんの人数の足りなさとか、伝達ミスの酷さにより、トラブルというよりは
スケジュール変更の大騒ぎですね。

まあ、もう1件あるとすれば「愚弟の素行問題」ですが・・・

頸椎の損傷とまではいきませんが、およそその方向に向かっている現状。
まだ手術は不必要だろうと言いながら、大学病院の結果をいつもかかっている医者に告げると「いやー、手術した方がいいと思うけどねぇ」と。
そして、痛みがあるということから、痛みをまず軽減してほしい旨伝えるも、痛み止めが出ているからそれ以上、
どうしようもないと・・

で?どうしろと?

その後、昨日は歯医者にて抜歯。
車椅子で押すにも、ヘルパーさんは人手不足でお願いできず、抜歯とは言え重度傾向の強い障碍者の弟です。
何かあった時のために、出来るだけ家族同伴でと言われていました。
ので、母と2人で車椅子を押してゆきましたが、舌打ちをしていくサラリーマン。
履文句を言う高齢者・・・

毎度毎度、こうしたことで苛立ちをまず覚えます。

私は前世占い師でデビューしました。
こうした障碍の方も鑑定をいただいたこともたくさんあります。

でもね?
たとえ、過去世にカルマと呼べるものがあったとしても、「誰が好き好んで障碍を願うかよ?」と、
いつもいつも思います。

私と弟の過去世の関係性は深いです。
そして、その関係から彼が障碍を持って生まれてきたことの意味を知ってはいます。

でも、だからしょうがない?

な訳ないじゃないですか。
障碍を持っている人だって一生懸命生きています。
そして、親としても「なぜ?」当たり前に思います。

でも、過去世は書き換えられません。
今の生まれも、育ちも変えられません。

変えられるのは、より良い未来を作ることだけです。

これは、障碍があってもなくても同じです。
その手伝いとなればと、占いも心理学も、様々な手法が生まれて育ちます。
代わりに衰退しているのは人の心なのかもしれないです。