おいらには弟がいます。

2つ離れているので、近いといえば近いんですけど、この年となると、いい年の弟。

この弟、占い師の弟でありながら?(なんのこっちゃ・・)クリスチャンです。

んでもって、障害者です。


ん~、身体障害、聴覚障害、言語障害と様々なので、手帳はいいところのランクがありますね。

でも、まあ、言葉も何とか通じるし、仕事も出来るので障害者を受け入れてくれる会社で働いています。

離婚暦1回(どわははは、だまされちゃったんだよなぁ・・いたたたた)失恋暦、どんなもんよってくらい、

女性に縁がありません^^;


でも、おいらのお子様はとっても、「おじちゃん」として可愛がってくれています。


でね、この所の記事で病院のこととか書きましたでしょう?

弟のことを書いたのは、病院ネタでもあるんす。


弟が生まれたのは、はるかな昔・・・もう、3*年は昔です。

その当時は、適切な処置の出来ない病院も多かったので、仕方がないといえばそうなのかもしれないけれど・・・

生まれたときの弟は、流産しかかった状態で生まれてきているので小さかったのですね。

1900グラム。でも、適切な処置が行われれば、そんなに小さくもないのかな、と、今の医学では思うじゃないですか・・・・


けれど、その病院では処置が出来ず、なんと、血まみれのままタクシー呼ばれて、産んだばかりの母親と

一緒に大手の病院へ自力搬送されたんですね。(救急車はあったと思うんですけど、幾ら昔でも)

で、このときに、どうやら感染した何かがあったようで、移った病院の保育器の中で発熱、体重低下・・

減って残った体重は900グラム・・・

病院から出てきたときの弟は、保育器の中での対処も悪かったのか、後天性で?障害を持つことになりました・・・


そりゃもう、医者の話では歩くこともママならず、しゃべれず、眼球が下向きになったまま動かないだろうというもの・・・しかし、母は強かったですね。

明るいほうへ明るいほうへ、息子を向けるようにして、目がそちらを向くように頑張ったんですね。

おかげで視力はとってもいい・・・

歩行も、一生懸命足を動かして、お通じを良くしてやり、その結果、走ることも可能。言葉はしゃべれませんけれど、語って聞かせて、話を聞いて、手話交じりでも声が出て、ある程度はわかります。

母の力、強ですね。


娘たちを産んだ時に、思ったこともあります。

確かに障害を持って生まれてしまったら、両親はこれからを考えると、大変なのはよくわかります。

相談する人も少ないでしょうし、理解がついてきてくれないし・・・

長女を出産した時、新生児室の隣に未熟児室がありました。でも、次女の時(2年後)新生児室はなく、

全ては未熟児室でした。


で、その部屋の入り口で喧嘩している両親とか、病室で泣きはらしているお母さんとか・・・・

でもでも、思ってやみません。それには何かのとても大きな意味があって、必要だからこそ、

困難を受け入れて生まれてきているのは子供たちなのだろうと。

これから、とても大変なのは本人なんだろうと・・・そして、そう、必要だからこそ、その形で生まれてこようと

したんだろうと・・・・


だからこそ、人は、すべて命は皆、必要だからこそここにいるのだと・・・


我が家の弟、失敗と思えるようなすごいことをやらかしてくれますが、でも、大事な、弟です。

「またなんかやってる・・・」とも、思いますけど、心を見ようとすれば、つながる何かがあるんだと、思っているのでした・・・


何書いてんだかわかんなくなってますね^^;;;;まあ、独り言だとか思ってくださいな。