おいらはまったくもって、クリスチャンではありません。

で、タイトルがキリストさん。となっているのは、私も呼び捨てにいきなりされるのは好きではないので、自分流の礼儀??で、さんづけです。


今、マザー・テレサ(この場合は、マザー、があるから、このままでいいのかしら?英語も苦手なんだけど、テレサ母さんってことなのでしょ?あれ?)に、意識が向いているってこともあるからかもしれませんが、

ふと、思うところがあります。


もちろん、それは空海さんとか、仏陀さんとかにも思っていることで、マリア様(何でここだけ、様なのだろう・・・言いなれているからかも)にも思ったことがありますね。


いずれの方々も、人として人間界にいたことがある方なのですが、高位に行かれて、つまんない現世的な感覚で思われても、いい迷惑かもしれないけど。

人間としていらしたときに、家族を持ってすごく暖かい愛の中にあることが、ほんのちょっとでもあったらいいなぁ。と・・・・


もちろん、愛のエネルギーバリバリの方々ですし、人間として愛を受けていたからこそ、こうして人のためにたくさんのことをされていたし、今も見えないエネルギーとしてしてくださっているのだと思うのですが、

時々、思ってしまうことです。

今、ダヴィンチコードが、上映されるか否か・・という状態でにぎわっていますが、問題もおきているのですよね。

もちろん、宗教的な問題も出ているのでしょう。その中で、ふと聞いた反対意見として、キリストさんがマグダラのマリアさんと結婚してて、子孫を残していた・・てきなくだりで、キリスト教徒の方々は、反論しているのだとか。


そういうの聞いてしまうと、「人であるときに、人としての幸せがどんなことでもいいから、あったならいいなぁ」と、思ってしまうのでした。

キリストさんがどのような隠された人生を送っていたかは、わからないのですが、マグダラのマリアさんともし、結婚をして子供をもうけていたとするのなら、親子で愛を感じあえる、そんなときがあったなら、いいな。と。


空海さんも、仏陀さんも、キリストさんのお母さんのマリア様も、そういう時間が人間としてあったときに、

あったなら、すごくいいなぁ・・・って、思ってしまうのでした^^


いや別に、どの宗教がとか、彼らの生き方がとか、言うつもりはありません。

書籍の書き方にも問題はあるのだと思うけど、痛いなぁって感じちゃっているので。

それに、マザーのように遅ればせながらでもいっている言葉を、姿をダイレクトに見れませんので。

今のエネルギー的、お姿はわかるんですけどね^^;;;いや、当時の問題よ、当時の。