って、マザー・テレサは今、DVD借りてきて、見ました・・・・

もう、涙ものです。ここまでも、ここまでも奥深い、それは暖かい愛があるんだ、思ったものです。


まあね、本人を知るには、映画ですから、またもや、間接的な理解にしかなりませんけど。


今書いている、これの前に、キリストさんのお話を書きましたが、そう、本日、(20日)ダビンチコード、上映開始しましたね。

で、そのための特別番組みたいなことを、やっていて、それを見ていたのですが、内容から見て行くと、

マグダラのマリアさんが身ごもっていて、それが黒いマリアと呼ばれる、マリアさんとして(あれ、こっちはマリアさんだな・・・??)祭られていると。

お子さんがいたとした場合の物語としては、娘さんで、お名前はサラちゃん。


お父様である、キリストさんは、残念なことにその流れで察するに、会うことはできなかったのですよね~

まあ、今は上の世界で親子の再会という、人間的な感覚のそれは終えているのでしょうが。


で、その後に、マザーのDVDを見ました。

いまどき、さすがというか、そうなのか?というのか、小学生の道徳の教科書にも出ていらっしゃるのですね、マザー^^

言ってあげたい気がします・・「マザー、子供たちはあなたをちゃんと知っていますよ~」とか^^;;


そのラストの場面で「理解されるよりも、理解することを。愛されるよりも、愛することを。なぜなら、与えることで、与えられるのですから・・・」と、いう場面は、子供が起きていたので、必死でなみだ目をごまかしてみたり^^;


おかげさまで、今のおいらは、マリア様、マリアさん、マザーテレサ、キリストさんに目が向いています。

でもね、これも不思議なのだけど、祈るということがとても苦手なんですよ。

どこかに、子供のころのトラウマかもしれませんけど、「祈っても叶わないんだよ。。。」と思ったことがあったみたいで、いまだに苦手なのです。


でも、このDVDをみて、すこ~しですが、目の向き方が違った気がします。

それとね、今、天使のワークもするし、祈りもある程度以上、柔軟性が出ていますが、クリスチャン系のこと、天使とか天上界とか、すっごい苦手だったのですよ。


毛嫌いさえしていましたね。

なのに、今では何のこだわりも泣く、「愛は、祈りと思いによって、届くんだ」といえてしまいます。

すごく不思議です。


でも、それでいいんだと思ってもいるのです。

私は、私を許しましたし、今はとても自由なんですよね。(むろん、子供ともバトルはしますし、旦那とも大喧嘩しますけどね^^)


怒りを向けている相手をなかなか許せないと思ったときは、まず、怒っている自分を許してみてはどうでしょう。

意外と、す~~っと、楽になるかもしれません^^