父の様々なながれにより、私達家族はそれぞれの、そして家族としての覚悟を付けようとしています。

私は娘として、未来来るかもしれない自分の立場として、子供等の母親として。

私と言う大人として子供等にはリアルに話しをします。娘等は中学生ですし、私は母に「覚悟」することを学び、それを子供等に話します。

割り切れる、訳のない出来事ですが、割り切らないといけないことの部類に入ります。

病気だから、仕方がありません。

あの時、あぁしていたら…、こうしていたら…、残る思いは尽きませんが、今、まさにこれが現実です。

今、社会のなかで、会社や国のミスで、病気になられ、その為に死が近付く人の話しが多く出ています。

これは割り切らなくてはいけない出来事とそうではない出来事が重なっていますから、割り切らないというのはそれでよい事と思います。

割り切れない事は、出来ることが残っているのではないかな…とも感じます。

そるな理屈っぽいことを、頭の中を通って行きます。

1番割り切れないでいるのは、私かも知れません。

葬式の話し、社会の話し、病院の話し…たくさんのリアルを娘達に話しています。

これを読んでいる方の中には、子供にそんな現実を話すなんて…と、思われる方もきっと少なくないでしょう。

私は両親に育てられました。その育て方に、今まで、疑問をもっていないかと言えば、そうではありません。が、こうして、考えることの出来る人間に育ちました。

彼等の教育や親としての在り方で、インナー・チャイルドが傷つき痛んでいる場所もたしかにありますが、それを越える愛があったことも、こうしてわかります。

スパルタ育児ですね~。考えてみると。だけど、乗り越えられるから、私も選んでここに来たのでしょう。

覚悟がついて行く自分が父がいたことの、彼が居てよかった事の証にもなって行くような気がします。